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岐阜地方裁判所 昭和36年(行)1号 判決

原告 栄寿竹

被告 岐阜北税務署長

訴訟代理人 水野祐一 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は、「原告が訴外岐阜相互銀行の訴訟事務を処理するため昭和三六年八月二八日、二九日の両日富山地方裁判所に出張したことにより同月三〇日、原告に対し同訴外銀行から支給された旅費、日当、宿泊費、合計金九、二七〇円の中から金九二〇円を被告が右銀行をして原告に対する所得税として源泉徴収させ被告において同年九月一〇日これを収納した行為は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は本案前の申立として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案の申立として主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張

原告は請求の原因として、

一、原告は弁護士として個人及び法人の依頼により法律事務を受任処理しているが被告は昭和二七年四月に、その管轄下の法人に対し、弁護士等が依頼者たる法人から受ける報酬料金について一〇パーセントの税率による所得税の源泉徴収を行えとし、なお右報酬料金にはたとえ旅費、日当、報酬の区別があつてもその全額に及ぶと指示している。

二、原告は訴外株式会社岐阜相互銀行より法律事務の委任を受け同銀行の訴訟代理人として昭和三六年八月二八日、二九日の両日富山地方裁判所に出張したが、同月三〇日同銀行が原告に対し右出張に要した旅費、日当、宿泊料、合計金九、二七〇円を原告に支払うに際し、被告の右指示に基き右金額から一〇パーセントの税率による金九二〇円の所得税源泉徴収をなし同年九月一〇日被告にこれを納入し、被告はこれを収納した。

三、然しながら、所得税法第四二条第二項にいわゆる「報酬若しくは料金」のうちには前記のような旅費、日当、宿泊料の如きはこれに含まれないものであり従つて、被告の前記指示により右訴外銀行に前項記載の所得税源泉徴収をさせた行為は所得税法に違反した無効の行為であるからその確認を求めるため本訴に及んだものである。

と述べ、

法律上の主張として、

所得税法第四二条第二項所定の源泉徴収の対象となるべき弁護士等の受領する「報酬料金」には社会通念に照し、旅費、日当、宿泊料等を含むものと解することはできない。すなわち、

第一に 所得税の確定申告の際には本件の如き旅費、日当等を他の収入と合計して当該年度の所得金額として、これから幾割かの必要経費を認めて控除し(弁護士の場合現行は三割控除)申告するようになつており、而してこの所得金額中には源泉税として徴収せられて現実に取得しない分も含め、再度課税の対象とされることになり、これは二重課税で明らかに憲法第二九条違反(財産権の侵害)となるもので、かゝる観点から考えても源泉徴収が許されるとの解釈は採りえない。

第二に 弁護士等の受ける右の如き旅費、日当等は依頼者のために当然これを使用すべき性質上これを受領した弁護士等にとつては何等経済的価値を有しないものと言うべく、更にかゝる実費弁償とも言うべき旅費、日当等は立替金たる印紙代等と区別される理由なくこれら旅費、日当等の前払に対し、予め一〇パーセントの源泉徴収がなされたならば現実に出張に要する交通費、昼食代等の支払が不能となつて弁護士として依頼者のため委任事務を処理することが不可能となる、このような点から考えてもかかる旅費、日当に源泉徴収を課することは甚だ不合理且つ非常識であること。

第三に 所得税法第六条第三号が非課税として給与所得者の受ける「旅費」という文言を使用している反面、同法第四二条第二項が単に「報酬料金」とのみ定め「旅費」なる文言を欠いている点を対比すると、右報酬料金には旅費を含むとの解釈は無理であると考えられること。

第四に 原告は訴外株式会社岐阜相互銀行の訴訟事務、法律相談を掌る場合その都度手数料を支給されているものではなく顧問料として月額三五、〇〇〇円の定額支給を受けているものである(但し、成功報酬の場合は別であるが)、而して同訴外銀行にかかる訴訟事件等で出張する場合、本件の如き実費に相当する旅費、日当、宿泊料が支給されるものであるが、かゝる場合にはむしろ所得税法第九条第五号のいわゆる給与所得者が受ける旅費の取扱を受けるべきで、同法第六条第三号の適用により非課税とすべきであること、故に右各条項の後に位置する同法第四二条第二項は適用されないと考えられること。

第五に 所得税法第四二条の二は昭和二七年四月に新設施行された規定で、それ以前には弁護士が法人から受ける報酬料金は勿論、本件のような旅費、日当等の必要経費に該るものにも源泉税が課せられなかつた経緯から考えても昭和二七年以降右条項に基いて報酬若しくは料金についてのみ源泉税が課せられることになり必要経費たる本件旅費、日当等は同条項に列記されていないから当然源泉徴収の対象外となつているものと解される。而して、本件の如き旅費、日当等は後に確定申告の段階で必要経費と認められて清算調整されるとしても源泉徴収された日以降の利息について納税者に不利益となるものであり同条項は文字通り厳格に解しなければならないこと。

等綜合すれば、原告の主張は正当と信ずる。

と述べた。

第三、被告の主張

被告指定代理人は本案前の申立の理由として、

本件訴は訴外岐阜相互銀行が原告に対して支払うべき金員から所得税法第四二条第二項にもとずき所定の税率を適用して算定した額を徴収しこれを被告に納付し、被告がこれを収納したことをもつて行政処分であるとしてその無効確認を求めるものである。しかしながら所得税の源泉徴収義務者が徴収した税金を自発的に納付する限りにおいては、すべて直接法律にもとずくものであり税務官庁が公権力を発動させる余地のないものである。したがつて本件無効確認の訴はその対象を欠く不適法なるものと言うべく、よつて本件訴は却下さるべきである。

と述べ、

原告の請求の原因に対する答弁として、

一、請求の原因事実中被告が源泉徴収について「指示」しとある部分を否認する。即ち、被告は徴収を命じたこともなく又その旨の通達を発したこともなく「所得税法の概要」と題する書面で所得税法の一部を改正する法律(昭和二七年法律第五三号)についての解説書から源泉所得税関係を抄録したものを発送したに過ぎない。

二、右の部分を除き、請求原因第一、第二項(但し、被告へ源泉徴収税が納入されたのは昭和三六年九月九日である)はこれを認め、第三項は否認する。

と述べ、

法律上の主張として、

所得税は申告納税を建前とするが所得税法は事業所得の一部等について源泉徴収制度を採用している。この源泉徴収制度は一種の税の概算前払を行うものであり、その目的とするところは税の支払という負担が一度に納税義務者を圧迫しないような要請と国庫の収入の平均化を期することの二つの点である。而して、問題の所得税法第四二条第二項にいう「報酬料金」の意義も右制度の趣旨目的に照して解釈されねばならない。然るとき同条項にいう源泉徴収の対象となるべき弁護士等の報酬若しくは料金とは必要経費として支出さるべき旅費、日当、宿泊料等の費用に充てられる分を含んだもの(但し印紙代の如き明白な立替金を除く)の一切の収入を総称すると言わねばならない。すなわち、

第一に 源泉徴収制度は前述の如く所得税の概算前払いをさせるものであり、所得税における課税物件はその年中における所得であるから、年の途中において確定させることはできない。従つて、源泉徴収は事業所得を形成する全ての収入から必要経費等を控除した所得を対象とするものではなく、右収入そのものを対象とし、収入のある都度所得税を徴収させることとしているのである。然して、このような場合若し本件旅費は必要経費たる費用であるから源泉徴収の対象とすべきではないということになれば報酬として弁護士に支払われるもののうちに当然包含されている諸用紙代、事務所経費、雇人費、調査費等の費用相当部分も控除して源泉徴収しなければならないこととなり、各源泉徴収義務者における報酬又は料金か費用かの区別判断が著しく困難となり、ひいては源泉徴収制度は維持することができないこと明白である。なお、右のように解しても事業所得者が年度末に確定申告をなす際、事業所得の計算に当つては源泉徴収税額を差引かない前の金額をもつて収入金額とするが一方源泉徴収された額をも記載することによつて課税所得金額に対する源泉徴収税額が差し引計算され最終的に調整されて過不足が決められる仕組みになつており原告主張のように二重課税となつて憲法第二九条違反(財産権の侵害)となるものではない。

第二に 更に被告主張を裏付けるものとして、所得税法第六条において非課税所得を列記し、その第三号は「所得税法の一部を改正する法律」(昭和三二年法律第二七号)により改正される前においては「旅費、学資金及び法律扶助料」と規定されており、給与所得者の支給を受ける旅費を非課税とする趣旨と解せられていたところ、この規定は給与所得者のみならず事業所得者である弁護士等の旅費も非課税とする趣旨であると主張される事例も生じたので非課税であるのは給与所得者のそれに限られることを明らかにするために現行法のとおり改められたものであること。

第三に 他の法律における報酬なる用語例とも彼比対照してみると、報酬なる文言は種々の法律例えば刑事訴訟費用法第七条第二項、破産法第一六六条、非訟事件手続法第一二九条の三等のなかに見出され、しかもその内容は或る場合は旅費を含むものとされ或る場合は含まないとされている。右のように弁護士の報酬は法律により種々異つた内容を有するが所得税法が第四二条第二項の報酬にそのような多様の意味をもたせ、同一の性質を有するものに対し源泉徴収したり、しなかつたりという異つた取扱いをなすことを要求していると解することはきわめて不合理であり到底許さるべきでない。しかるときこゝにいう報酬料金には前記制度の趣旨、目的に照し、弁護士に対し謝礼的意義を有するかどうかを問わず又その名称がたとえ実費弁償たる旅費であつてこれを源泉徴収することによつて計算上旅費、日当等に余剰が生ずるか否かを問題とせず、委任事務を処理するについて得られる事業収入たる経済的価値として画一的にこの一切に対し源泉徴収を課するものである。

よつて本件に於ても原告が受領した交通費宿泊料もこれを如何に使用するかは弁護士たる原告の自由であり、従つてこれ等は日当等と共に全体として弁護士の委任事務処理に対する或いは請負とすれば仕事の完成に対するその対価とみるべきであり所得税法第四二条第二項の報酬又は料金であると解釈すべきである。よつて、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、先ず本訴の適否について判断する。

被告は、原告が本訴において源泉徴収義務者である訴外株式会社岐阜相互銀行が原告に支払うべき金員から所得税法所定の率によつて源泉徴収した税金を被告に納付したことを行政処分であるとしてその無効確認を求めるものであるが、これはすべて直接法律に基くもので被告の公権力の発動による行政処分ではないから行政訴訟の対象とならないと主張するので考えて見るに、所得税源泉徴収制度は源泉徴収義務者が源泉徴収の対象となる所得の支払をするに際し所得税法に則つて自己の判断に基き算定した所得税額を源泉徴収してこれを税務官庁へ納付する方法をとつている。そしてこの制度を実施するに当り、被告は源泉徴収義務者に対し、予め、弁護士が法人から受ける「報酬料金」に旅費、日当、報酬等の区別があつてもその全部が源泉課税の対象とさるべき旨の所得税源泉徴収に関する解説書を配布していることを自認しているので、被告は予め、源泉徴収義務者に対しその自由なる判断を制限する国家意思を通知して、しかも、若し、この趣旨に従つて所得税源泉徴収に応じないときは所得税法第四三条第一項に基き政府は支払者からこれを徴収することができ、そのためには税務署長は国税通則法第三六条第一項第二号によつて納税告知処分をすべきであり、支払者は同法第六〇条第一項第五号によつて延滞税を賦課されることになるのである。かゝる一連の関係を通じて行われる所得税源泉徴収は国が租税を賦課する優越的意思の発動によつて行う公権力の行使であつて一種の行政処分であると見なければならない。尤も、税務署長が徴収義務者の徴収納付した税金をそのまゝ収納して何らの措置をも採らない場合にはそこに何ら税務署長の行政処分が存在しないように見受けられるが、この場合においても税務署長は必ず右納付税額が正当かどうかを審査し、それが正当なときは正当と認定して受理収納をなし、更に徴収義務者に対し特に納税告知処分や該納金還付等の措置をとることなく右税額をそのまゝ収納する旨の意思決定が存在するものといわねばならない。従つてこのように国が所得税源泉徴収制度を実施して源泉徴収義務者の納付した納税額を正当と認めてこれを受理し収納する税務署長の行為は国のする公権力の行使である一つの行政処分であつて、しかも具体的な納税者の権利義務に影響を及ぼすことは明かであるから、改正前の行政事件訴訟特例法の適用を受ける本件においては、かゝる処分に重大且つ明白な瑕疵があることを主張して、行政訴訟によつてその無効確認を訴求することができるものと解すべきである。

ところで本件について見るに、原告が弁護士として、個人又は法人からの依頼によつて法律事務を受任処理していること、原告が昭和三六年八月二八日及び二九日の両日、訴外株式会社岐阜相互銀行からの依頼で訴訟事務を行うため、富山地方裁判所に出張した旅費、日当、宿泊料合計金九、二七〇円を同年八月三〇日同銀行が原告に支払うに際しその百分の一〇の割合による金九二〇円の所得税を源泉徴収し、これを同年九月一〇日頃被告に納入し、被告は即日所得税源泉徴収義務者たる同銀行からの原告の出張費に対する所得税の源泉徴収として右金九二〇円を収納した事実は当事者間に争がないところ、その後被告においてその税額を不当として納税告知処分などの措置をとつたことについては本件全証拠によつても認めるに足る証拠がない本件においては、国の所得税徴収方法である所得税源泉徴収制度の実施の下で、予め、被告から所得税源泉徴収に関する解説書の配布を受けていた源泉徴収義務者たる右銀行が、右解説書で示された趣旨に則つて、弁護士である原告が右銀行から受ける出張費から所得税を源泉徴収して、被告に法定期間内に納付したところ、被告は右銀行が納付した税額を正当と認めこれを受理して収納し、もつて国の公権力を行使して原告に対し所得税を賦課する行政処分をしたものであるから、右行政処分の無効確認を求める原告の本訴は適法であるといわねばならない。

従つて被告の本案前の申立は理由がないのでこれを採用しない。

二、次に進んで原告の本訴請求の当否について判断する。

所得税法第四二条第二項は弁護士が法人から受ける報酬料金に所得税を源泉課税することを定めているが、弁護士が法人から受ける金銭が旅費、宿泊費、日当の如く区別のある場合においても、右規定によつてその課税の対象とすることができるかどうかは結局同条項にいわゆる「報酬若しくは料金」の解釈の問題に帰するものといわねばならない。そこで成立に争のない甲第一号証、乙第一号証の記載に鑑定人田中勝次郎の鑑定の結果と前段認定の事実を併せ考えると、原告の職業である弁護士業務は委託事務の処理であつて、これから生ずる所得は所得税法にいう事業所得に属するものと見るべきである。原告は右銀行の顧問として毎月三五、〇〇〇円の定額支給を受け右銀行から依頼を受けた訴訟事件で出張するときは実費に相当する旅費、日当、宿泊費の支給を受けているので給与所得者と同視すべきであると主張するが、右銀行の顧問として毎月定額の顧問料を支給されている外、訴訟事件の成功報酬は別途支払を受ける等一般給与所得者と異ることをも自認しているので、原告が右銀行から受ける所得を給与所得とはいえない。従つて原告の所得税の課税標準となる事業所得の計算は所得税法第九条第一項第四号によつてその年中の総収入金額から必要経費を控除した金額であるから、訴訟事件処理のため出張する際支給される交通費、宿泊料等実費に相当する部分は必要経費として事業所得の計算に当り控除されるべき性質のもので最終的には課税対象なる所得に入れられないものであろう。

しかしながら、同じ所得税であつても所得の種類、態様の異なるに応じそれぞれに相応しいような徴収方法、納付時期が別様に定められることは当然であつて、所得税源泉徴収はもともと年度末に既に納入した税額とその間の必要経費その他の過納分や不足分を調整することを前提とする制度であるから、交通費、宿泊費など本来課税の対象とならないものも合算してその一切の総収入金額を算定の基礎とすることが適法であるかどうか別途に考慮されねばならない。

先ず当然非課税とされ源泉徴収の対象とならないものに立替金(印紙代等)があるが、これは弁護士が依頼者のために預り、更にこれを依頼者に代つて権利者に支払うものに過ぎないから、弁護士が依頼者から支給を受ける旅費、日当、宿泊費等自己の業務の遂行のために支出する性質のものは右立替金と同視すべきではないし、更に所得税法第六条第一項第三号において給与所得者が職務に関し必要な旅行をする場合支給を受ける旅費が課税の対象にならないことを明規しているのに反し、弁護士等の事業所得者については旅費を非課税所得とする明文がないこと、及び右条項は昭和三二年法律第二七号「所得税法の一部を改正する法律」によつて改正されたものであつて、右改正前は給与所得者のみでなく弁護士等の旅費も非課税所得であるとする趣旨に解釈される虞もあつたので、その点を明確にするため現行法の如く改められたという改正の沿革と、更に給与所得者においてはその支給を受ける給与と旅費の区別が明確である上旅費の計算方法は法律の規定で決められているので、その性質は実費弁償たる立替金ではないにしてもこれと同様に取扱つて、個々の場合現実の旅行のため支払われたものかどうかを立証せしめる手数を省略しても、これがため課税を免れる弊害がないと考えられたからである。これに反し弁護士が法人から受ける旅費についてはその支払の掌に当る徴収義務者たる法人がその旅行中の弁護士の労務に対する報酬をも含む旅費か、或いは純粋な実費弁償たる性質の旅費であるかを逐一明かにして課税することが事務処理上極めて困難であつて、その適否の監督を適正にすることは至難であることから、法人が弁護士と通じ旅費の名目で課税を免れる弊害を是認する結果を生ずることのあるのは明白であることに照らし、同法第四二条第二項にいう弁護士等の報酬料金には旅費、日当、宿泊費を含ましめるものと解釈されるのも妥当であるといわねばならない。

抑も所得税源泉徴収制度の設けられたのは一面において納税者の納税を容易ならしむるために、所得が納税者の手中に帰してしまう以前の段階において源泉徴収して税金の概算前払の方法で政府が一応これを収納し、他日所得総金額が明かになつてから、改めて納税義務者から納税せしめる代りに既に源泉徴収によつて納付した税額をもつてこれに充て、若し不足があれば追加納付させ、若し余剰があれば還付して、もつて納税義務者の事後納税によつて生ずる苦痛を軽減するということ、及び他面において源泉徴収の方法でないと容易に捕捉することができないような種類の各人の収入金も容易に捕捉してその支払の段階で支払者をして捕捉徴収せしめ、これによつて政府の所得調査の手数を省略してこれに要する人件費等を節約しようというのがこの制度の狙いとするところであるから、いやしくもこの要求に適応する所得について、所得税法は出来る限り源泉徴収の方法を適用する趣旨であると解するのが妥当であろう。

果して然らば本件原告の如き弁護士が法律事務処理のために支給を受ける旅費、日当、宿泊費等もその内容が実費に相当するものか、報酬に相当するものかの審査は確定申告の際の清算方法に委ねることとして、源泉徴収義務者には画一的に弁護士に支給する際源泉徴収せしめる趣旨と解しても何等不合理はなく、むしろ所得税の徴収方法をして能率的に且つ合理的に実施してこそ公共の福祉の要請にもこたえるものといわねばならない。

ところで飜つて以上の見解に立つた場合納税者に不利益を生ずることがないかどうかについて考えて見るに、弁護士等の事業所得者はその事業所得と所得税法第九条に規定するその他の所得との合算額が同法第二六条第一項の規定に該当するときは、確定申告書を所定の期日までに所轄税務署長に提出すべきであるところ、その際事業所得の計算に当つては源泉徴収より納入した税額を差引かない金額をもつて収入金額とすることになつているが、確定申告における納付税額計算の段階では源泉徴収により納入した税額を差引計算することになつているから二重課税となるものではないので憲法第二九条に違反するものということはできない。

たゞ旅費等について、一応源泉徴収がなされた後確定申告の段階でこれを必要経費として控除される場合と、当初から源泉徴収されない場合とを比較すれば、源泉徴収によつて納付した税額に対するその間の利息が支払われないことにおいて前者が不利益を蒙ると考えられないことはない。しかしかゝる中間利息の不利益は公共の福祉を目的として実施する源泉徴収制度を能率的に運営する上に己むを得ないものであつて、納税者も忍受すべきものである、すなわち、源泉徴収制度では源泉徴収義務者の負担する煩雑な徴収納付等の国に対する労務の提供に対し何等の対価も与えられていない不利益すら法が是認していることなどを考え併せると、前記の如き中間利息の喪失によつて原告が蒙る若干の不利益の如きは公共福祉を目的とする源泉徴収制度の国家的利益の前に歩を譲らねばならない。

なお証人伴篤の証言によれば、弁護士等の如く事業所得に関する帳簿類のない場合は、個別的な必要経費の算定ができないところから、現在税務署側の取扱いとしては帳簿類を備えている他の職種の事業所得者について調べた資料を標準にして大体経費は収入の三割位とされていることが認められるので、弁護士等の事業所得額の算定における必要経費の意義は形式的、画一的で非常に大雑把なものであるから、かゝる必要経費の算定方法が行われている現状において、源泉徴収によつて前に納入した税額についての中間利息の喪失による不利益まで問題にする実益は洵に乏しいものといわざるを得ない。

以上要するに、源泉徴収制度の趣旨、目的に照し所得税法第四二条第二項の趣旨を合理的に解するときは、いわゆる「報酬若しくは料金」にはそれが純粋な謝礼的意義を有する報酬であるかどうか、又本件の如き日当は勿論、旅費、宿泊費等その名称の如何を問わず、一切の所得を含むものと解すべきであつて、それに源泉徴収による課税がなされることによつて生ずる根本的な不合理は年度末に行われる確定申告の段階において清算の上調整すれば足るものである。

して見れば、原告が訴外株式会社岐阜相互銀行の訴訟事務を処理するため昭和三六年八月二八日、二九日の両日富山地方裁判所へ出張した旅費、日当、宿泊費合計金九、二七〇円を同月三日同銀行から原告に支給された際そのうち金九二〇円を原告に対する所得税として源泉徴収し、同銀行から同年九月一〇日頃被告が収納した行為は何等法律に違反する瑕疵がなく適法有効なものと認めざるを得ない。

よつて原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村本晃 梅垣栄蔵 横山義夫)

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